2025.9.6

マッシモ・ボットゥーラ、大阪で供する「エモーショナルな料理」

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天下の台所―大阪が世界から注目されている所以

古代、難波宮の時代には政治の中心として栄え、豊臣秀吉が大坂城を築いたころには、経済と商いの都として成熟していった大阪は、江戸時代には「天下の台所」と呼ばれるようになった。

海に開かれた港町として、瀬戸内や紀伊、水都・淀川の恵みが集まり、四天王寺をはじめとする寺社を通じて、大陸からの調味や優れた調理技術、祭礼文化が伝わった大阪。「食」が人の往来とともに洗練され、庶民の食と高級料理の両方が共存する懐の深さを育んできたのだろう。

今、この「食の都」が大阪・関西万博とともに、再び世界の注目を集めている。大阪府と大阪市は「食と文化の発信拠点」としてのプレゼンスを高めるため、国内外のトップシェフを招き開催する特別プロジェクト「Osaka Top Chef 2025」 を立ち上げた。
その第一弾として、世界の料理界を牽引する巨匠 マッシモ・ボットゥーラシェフ が招かれた。2025年9月9日(火)〜14日(日)、ホテルニューオータニ大阪フランス料理「SAKURA」を会場に、「Top Chef in OSAKA 2025」 と6日間限りの限定レストランイベントが開催された。

ボットゥーラの思想 – 「No Waste」「Emotion」「Memory」

調理をするマッシモシェフ

マッシモ・ボットゥーラの料理は、いつも問いから始まる。「なぜ食べるのか」「誰のために料理をするのか」。その答えを求め続けてきた彼の哲学の根底には、
「無駄にしないこと(No Waste)」、「感情を伝えること(Emotion)」、そして「記憶を再構築すること(Memory)」がある。

その思想が世界的に知られるひとつのきっかけとなったのが、2015年のミラノ国際博覧会(Expo 2015)だった。当時、ボットゥーラ氏は単に万博のシェフとして参加するのではなく、「食の可能性を社会に還元する」というテーマを掲げ、プロジェクト 「Refettorio Ambrosiano(レフェットリオ・アンブロジアーノ)」 を立ち上げた。

会場や市内で余ってしまう食材を集め、それを世界中のシェフたちとともに再構築し、ホームレスや生活に困窮する人々に、温かい一皿として提供する。その料理は単なる支援だけではなく、尊厳と文化を届ける再創造の行為なのだ。
こうした流れもあり、大阪府と大阪市が掲げる「食の力で未来をひらく」という理念に、ボットゥーラシェフが共感し、この招聘を快諾した。

「大阪には、日常の中に『食べる哲学』が息づいている。それは人の手が伝え、心が受け継いできたもの」彼にとってこの街は、食を通じて再び人がつながる、新たな場であったのではないだろうか?

ボットゥーラシェフは、食事会のスピーチでこう語った。
「私は日本を熱愛しています。何度も訪れた日本ですが、大阪ははじめてです。生産者の方々にお会いし、彼らの食材に対するマニアックなまでの姿勢に非常に感銘を受けました。この街のユーモア、食文化、アート、人の温かみにとても感激しました。今回のメニューには、モデナで作っているシグネチャー料理だけではなく、私が感じた大阪を一皿一皿に表現しています。」

一皿ごとに紡がれた物語

今回供された料理は、全8品。それぞれにウィットに富んだネーミングと物語が表現されている。

A Potato Waiting for a Truffle(トリュフになりたい男爵いも)

トリュフになりたい男爵いも

一口サイズのアミューズとして提供されたこの料理は、男爵いものフリットに黒トリュフをトッピングしたもの。ジャガイモという身近で素朴な素材を調理の工夫でトリュフに匹敵する風味に昇華させる「クチーナ・ポーヴェラ(質素な料理)」の精神を体現している。

Seto – Uchi Fish Soup(瀬戸内の魚介スープ)

瀬戸内の魚介スープ

瀬戸内海の魚介をふんだんに用いた冷前菜(スープ)。エビ、イカ、鯛、いくら、シーアスパラガスなどを用い、バジルソースのフレッシュさがアクセントとなって、瀬戸内を一口に凝縮した逸品。

From Gragnano to Osaka(グラニャーノから大阪へ)

グラニャーノから大阪へ

今回大阪で初公開された新作パスタ。
パスタの名産地、(カンパーニャ州)グラニャーノの伝統を出発点としながら、カルボナーラを魚介で構築しなおした一品。瀬戸内のウニをソースに見立て、アサリの燻製でグアンチャーレを表現。ニンニク、唐辛子、レモンの調整が鮮やかで、イタリアンパセリのグリーンオイルが視覚的にも美しい。

Melanzana(メランザーナ)

メランザーナ

賀茂茄子を素材に、肉のような食感を目指して調理。ローストして表面に焦げ目をつけている。ディル、ほうれん草、パセリソースを複雑に組み合わせ、見た目の裏切りと味覚の驚きを融合させている。

The Crunchy Part of the Lasagna(ラザニアの端っこのカリカリ部分)

ラザニアの端っこのカリカリ部分

子ども時代の思い出から着想を得た一皿で、ラザニアの「焼けてカリカリになった部分」を再構成。パスタ生地でイタリアの国旗を模し、ラグーとパルミジャーノを用いて、イタリア料理としての原点を強く感じさせる一品。

Beautiful, Psychedelic, Spin – painted Wagyu, Charcoal Grilled with Glorious Colors as a Painting(ビューティフル・サイケデリック)

ビューティフル・サイケデリック

黒毛和牛のフィレを低温調理し、あたかも炭火焼きされたように竹炭で縁を黒く彩っている。6色のソースは、ビーツ、ニンジン、ほうれん草などの素材の個性をソースで際立たせ、アーティスティックに彩られた一品。

Not Warhol, Not Cattelan, Just Banana and Yuzu(ウォーホルでもカッテランでもない、そんなバナナ)

ウォーホルでもカッテランでもない、そんなバナナ

見た目は一本のバナナのように見えるが、実は柚子とバナナのピューレを凍らせた冷製のデザート。
アンディ・ウォーホルやマウリツィオ・カッテランの作品へのオマージュでもあり、ユーモアが盛り込まれた一品

Oops! I Dropped the Lemon Tart(おっと!レモンタルトを落としちゃった)

おっと!レモンタルトを落としちゃった

ボットゥーラの代名詞的なデザート。スーシェフが盛り付け途中でレモンタルトを落として割ってしまったことがきっかけでできた一品。一見ネガティブで失敗に見える事象も肯定的にとらえた、不完全さの美学の象徴。

感情の記憶としての料理

ボットゥーラシェフが語る「Memory(記憶)」とは、過去を懐かしむことではない。それは、「今という瞬間に感情を更新する行為」だという。

一口の味に驚き、笑い、時に涙する——。その感情の揺らぎこそが、私たちの記憶をやわらかく塗り替えていく。

最後に供された、シグネチャーともいえるデザート「Oops! I Dropped the Lemon Tart」 が象徴するように、料理とは、失敗や偶然の中から新たな感情を生む表現でもある。

ボットゥーラシェフは、最後のスピーチでこう語った。

「現代の料理は、素材の良さやアイデアの斬新さだけで語られることが多い。けれど本当に心に残る一皿とは、そうした表層を越えたところにある。美味しいだけの料理は、翌日には別のおいしさに上書きされてしまう。だからこそ私は、料理を通して『感動=エモーション』を届けたい。私にとって料理とは、劇場のような総合芸術であり、人の記憶や文化、そしてユーモア——心の奥底に触れる表現でありたい」

料理が総合芸術であるということの所以は、まさにここにあるのだろう。オペラを鑑賞したような深い余韻とともに、大阪の夜に立ち上がったその感情は、きっと一皿の記憶として、そして「食の未来」への希望として、静かに人々の心に灯り続けている。

⬛︎シェフプロフィール

マッシモ・ボットゥーラ(Massimo Bottura)

マッシモ・ボットゥーラ(Massimo Bottura)

オステリア・フランチェスカーナオーナーシェフ
「Food for Soul」創設者
国連環境計画(UNEP) 親善大使
国連SDG推進大使

約40年にわたりレストラン経営と料理の世界に携わってきたマッシモ・ボットゥーラは、世界の美食界において最も革新的かつ影響力のある存在のひとりとして知られている。
1995年、故郷モデナにて「オステリア・フランチェスカーナ」を開業。

2012年にミシュラン三つ星を獲得し、2016年および2018年には「世界のベストレストラン50」にて第1位に選出されるなど、世界的な評価を確立した。
2015年には、妻ララ・ギルモアとともに非営利団体「Food for Soul」を設立。

食品ロスと社会的孤立という課題に取り組み、その人道的かつ環境的な活動が評価されて、2020年には国連環境計画(UNEP)の親善大使に任命された。

さらに同年、国連SDG推進大使としての活動も開始している。
2020年、「オステリア・フランチェスカーナ」がミシュラン・グリーンスター(サステナビリティ評価)を獲得。
2024年には、「カーサ・マリア・ルイジア」がミシュランの三つ鍵(宿泊施設評価)を、「アル・ガット・ヴェルデ」がミシュラン・グリーンスターおよび一つ星を獲得している。

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もっと知りたいあなたへ

オステリア・フランチェスカーナ
https://osteriafrancescana.it/
Food for soul
https://foodforsoul.it/

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