2025.10.20

緊張しないクラシックコンサート体験〜神奈川フィルハーモニー管弦楽団〜

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「ねえ、今度クラシックのコンサートに行かない?」と誘われたら、ちょっと緊張する人はいないだろうか。しかも、フルオーケストラで、交響曲第何番だなんて聞いたならなおのこと。私は緊張する。一応ピアノも弾けるし、フルートとサキソフォンも吹けるけれど、だから余計に「本物のきちんとした」オーケストラの演奏会を聴きにホールを訪れるということに緊張するのかもしれない。

桜も散って、新緑が眩しくなってきた頃に、友人から誘われたクラシックのコンサート。それが、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、通称「かなフィル」の「ミューザ川崎シリーズ第1回」であった。

これまでの人生で、クラシックのコンサートに行ったことがないわけではない。杉並公会堂からサントリーホールまで幾つかのホールを訪れたことはあり、海外の有名オーケストラの演奏も聴いたことがある。もちろん、月並みなセリフながらどれも素晴らしい演奏であったし、そういう経験を若い頃からすることができたのはやはり東京という都市に住んでいたおかげではあろう。

いざドキドキとワクワクの交差点へ

コンサートのチケットをホールの窓にかざす画像

今回お誘いいただいたのは、神奈川県川崎市、JR川崎駅からすぐの場所にある「ミューザ川崎シンフォニーホール」での、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の公演である。そもそも川崎駅というところにあまり縁がなかったのもあり、駅にほぼ直結してこのような大きな素晴らしいコンサートホールがあることを知らなかった。

開場まで「歓喜の広場」でドアが開くのを待っていた。すると、どこからか燕尾服にシルクハットの男性が現れ、小さなストリートオルガンをクルクルと回して演奏し始めた。聞こえてくる何とも可愛い音色に、同じく待っている人たちの顔にも微笑みが浮かぶ。どうやらこれは開場の合図のようだ。

チケットを見せて内部のロビーへ入る。エスカレーターで上の階へと導かれ、いよいよ演奏が行われるホール本丸へGOである。案内係の方に教えを乞うて、本日の席を見つけることができた。

2階の、舞台を正面にしたほぼ真ん中、一番前。「これってもしかして良いお席なんじゃありませんか」と、ソワソワしてしまうが、続々と客席に人が入り賑わいを見せ、演奏者たちが座る席が整然と並べられた舞台を目の前にすると、ソワソワよりもワクワクが勝ってくるのが不思議なものである。

クラシックってこんなに親しみやすかった?

演奏前のプレトークをする音楽監督沼尻氏と音楽主幹の榊原氏の画像

そうこうしているうちに、いよいよ開演の時刻となった。静かになった客席からたくさんの目が、舞台を期待の眼差しで見つめている。程なくして、下手側から2名の人物が登場した。拍手で出迎えられたのは本日の指揮者であり音楽監督を務める沼尻竜典氏と、かなフィルの音楽主幹である榊原徹氏。

「あれ、二人しか出てこないの?」と思っていたが、これはプレトークと呼ばれる時間で、今日の演奏曲や作曲家、聴きどころなどについて解説するものだそう。カジュアルに楽しい雰囲気で指揮者の想いなどが語られたりして、演奏への期待感を否応なしに高めてくれるし、曲や作曲家に対する知識が少なくても、より深く理解し楽しむことができ、クラシック音楽を身近に感じられるようになる。これはとても良いことだ。

プレトークで高まったワクワク感を維持したまま、会場が再度静寂に包まれた後に、いよいよオーケストラの楽団員の皆さんが舞台上に歩んできた。足音、楽器を持ち直す音、小さな咳払い、椅子のポジションを少し変える音。たくさんの小さな音が舞台から聞こえてくる。

今日の演目の最初は、ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調Op.83である。このため、舞台の中心にはグランドピアノがセッティングされている。団員が揃って席に着いたところで、首席ソロ・コンサートマスターの石田泰尚氏が登場した。

個性的ないでたちと活動で知られる石田氏の登場に、会場は大きな拍手とともに少しざわついた。もちろん期待からのざわつきであり、それも舞台上の凛とした雰囲気のもと、すぐに静寂に戻った。そして、指揮者の沼尻氏が再登場。指揮者台に上がり、さらに舞台袖を見つつ待機する。この演奏者たちが舞台に現れる瞬間というのが個人的にはとても好きなのだが、それは緊張感と期待感があいまった痺れを感じるからなのかもしれない。

やっぱり本物の迫力は段違い

清水氏のピアノを中心に演奏するオーケストラの画像

いよいよ、舞台真ん中に置かれた輝くピアノを演奏するピアニストが登場するのだ。本日のピアノは清水和音氏。1981年に弱冠20歳でロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門で優勝、合わせてリサイタル賞を受賞したという。プロフィールによれば、「完璧なまでの高い技巧と美しい弱音、豊かな音楽性を兼ね備えた」ピアニストで、国内外の数々の著名オーケストラや指揮者と共演し、熱い信頼を得ている技巧派の実力者というところだろうか。黒い衣装に身を包み、落ち着いた雰囲気で登場し、着席して間を取った。

そして演奏が始まる。

会場の空気が一瞬にして変わる。ピアニストの手元がクリアに見えるわけではないけれど、全ての動きや感情の込められた表情、身体の揺れなどに釘付けになった。ピアノとオーケストラの生の音の迫力に圧倒される。目の前の演奏家たちが奏でる素晴らしい演奏に集中するほかにすることはない時間が流れていった。約50分間はあっという間に過ぎ去った。

演奏の出来は、正直にいえば私には判断できるものではなく、素晴らしかったとしか表現できない自分の無知やクラシック音楽への造詣のなさが本当に恨めしい。ピアニストの素晴らしい技巧も「なぜあのように指が動くのであろうか」といった小学生並みの感想しか出てこないのである。しかし、コンサートホールで聴く楽器の音は、音そのものが降りかかってくるようで、「ああ、やはり生の音っていいなあ」と改めて感じさせてくれた。

休憩を挟んで、第2部は皆さんご存知ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」であった。さすがにベートーヴェンを知らない人はあまりいないと思うのだが、それでは「田園」ってどんな曲でしたっけ?といわれれば、それにはすぐに回答できないレベルの自分がもどかしい限りだ。

プログラム「SONORITÉ」の表紙画像

入場時に配布される印刷物に「SONORITÉ(そのりて)」という、かなフィルのプログラムがあるのだが、そこに演奏曲の解説が書かれてあった。この「田園」は各楽章に標題がつけられていて、例えば第1楽章は「田舎に到着の際、人間にわき起こる心地よい、陽気な気分」とある。随分と散文的で長めのタイトルだが、そのおかげでこちらの想像力も豊かになるというもので、聴いていれば確かに明るく陽気な旋律を感じられる。

この、各楽章に表題をつけるアイディアはその後、いろいろな音楽家に影響を与え、リストが創始した交響詩へとつながっていく。それゆえに、この「田園」交響曲は歴史的先駆と評価されているのだ——こんな解説がSONORITÉに書かれていた。こういうものが一つあるだけでも、クラシックに詳しくない人間が身近に感じることができるというものだ。そんなことを思いながら、生音の迫力に文字通り酔いしれた3時間弱の演奏会であった。

「地域に密着した音楽文化の創造」が使命、かなフィルの取り組み

神奈川県で開催された子ども音楽鑑賞教室の画像

神奈川フィルハーモニー管弦楽団、通称「かなフィル」は、文字通り神奈川県をホームとするオーケストラで、今年2025年で53期目を迎える。「神奈川」という県名を名前に掲げる、県内唯一のプロフェッショナル・オーケストラである。

その名の通りに、かなフィルは「地域に密着した音楽文化の創造を使命に」を活動理念としており、県内での活動に重きを置いている。定期演奏会をはじめとする3つのシリーズ(今回のミューザ川崎シンフォニーホールでの公演は「ミューザ川崎シリーズ」)、県内各地での巡回コンサートのほか、子どもたちのための音楽鑑賞会や学校訪問演奏会なども積極的に行なっているのだ。

神奈川県といえば、おそらく多くの人は「横浜」を想起するだろう。中華街やみなとみらい地区、山下公園や港の見える丘公園などたくさんの名所があり、国際都市としても有名な横浜である。しかし、神奈川県は意外と広いのだ。有名な温泉街の箱根、湯河原、お城のある小田原、鎌倉や横須賀も県内である。そして、米軍基地のある座間や厚木も神奈川県だ。

文化的なものは、どうしても大都市に集中しがちである。これは地方の衰退と都会への人口集中に関する大きな課題でもあるが、その話はまた別に置こう。音楽を聴く、本物のクラシックの演奏に触れる、という機会は大都市の方が多くあることは否めないだろう。神奈川フィルハーモニー管弦楽団は、地元に支えられたオーケストラとして、神奈川県に密着し、より多くの人にさまざまな音楽を届けようと活動をしている。

楽団員がお見送りをしている画像

身近に感じてもらうためだろうか、ミューザ川崎シンフォニーホールの会場でも、マスコットキャラクターをあしらった各種グッズなどの物販の展開や、お別れの時間に楽団員の方がロビーにお見送りに来るなど、いろいろと「身近なオーケストラ」である工夫がなされていたのが印象的だった。

次世代を担う子ども達に、本格的な音楽に触れ合う機会を創出するということは、言うは容易いが、実際に継続して活動することにはおそらく苦労も多いはずだ。それでも、貧富の差を感じることなく、子ども達が本物を知ることのできるチャンスを「神奈川県のオーケストラ」、地域とともに歩むオーケストラとして作り続けて欲しいと心から願う。

「あれ、そういえばクラシックに緊張しなかったな、楽しかったなあ!」——そんなことを考えながら、ミューザ川崎シンフォニーホールを後にして、川崎名物の居酒屋で待つ友人の元へ急いだのであった。

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もっと知りたいあなたへ

神奈川フィルハーモニー管弦楽団
https://www.kanaphil.or.jp/
ミューザ川崎シンフォニーホール
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/

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