2025.4.17

紀州みなべ南高梅農家の挑戦から生まれた ~透明梅酒~

うえだなおこの『地域のキラリ光る逸品シリーズ』。今回は、こちら。

和歌山県みなべ町。この地で400年以上にわたり育まれてきた南高梅(なんこううめ)※は、いまや日本一のブランド梅として広く知られている。その中心地であるみなべ町は、太平洋と紀州山地に抱かれた、まさに梅づくりに最適な自然環境を誇る地域だ。

60年連続で梅の収穫量日本一を誇る和歌山県の中でも、このみなべ町はとりわけ高品質な梅の産地として知られ、2015年には「みなべ・田辺の梅システム」として世界農業遺産にも認定された。単なる作物ではなく、文化や景観も含めた“梅の里”なのである。

そんな地で、いま話題となっているのが、ひときわ個性的な“透明な梅酒”。その名も「プレミアム紀州浪漫」。開発したのは、有限会社筋本農園の三代目・筋本謙社長。家業として代々続く南高梅の栽培を継承しながらも、「梅干しだけではない南高梅の魅力を届けたい」という強い想いから、新しい商品開発に挑んだ。

梅酒特区が生んだ小さな酒蔵の夢

梅酒の製造が実現した背景には、2008年にスタートした「紀州みなべ梅酒特区」がある。通常、酒類製造免許には年間6,000リットルの生産量が必要だが、この特区では1,000リットルからの小規模製造が可能となった。つまり、地元の梅農家が自らの手で酒づくりに挑戦できる環境が整ったのだ。

筋本農園は2017年に製造免許を取得し、約2年に及ぶ開発期間を経て「紀州浪漫」が誕生した。

「お酒造りは濾過から始まる」という言葉を胸に、社長自らが探求したのは、日本酒の製法を応用した“ろ過”技術。果実酒の多くが琥珀色である中、筋本農園の梅酒は、美しく澄みきった透明。しかも、透明でありながら梅のフレッシュな香りがしっかり感じられる。この不思議で贅沢な味わいは、唯一無二の魅力となった。

こだわり抜いた4つのポイント

有限会社筋本農園 筋本謙社長

透明梅酒「紀州浪漫」には、4つの大きなこだわりが詰まっている。

1つ目は、日本人の主食である米を原材料にしている米焼酎の採用。筋本社長自らが全国の焼酎を飲み比べ、最終的に九州の日本米100%使用の米焼酎と出会い、ベース酒として採用した。

2つ目は、梅の香り。1年間じっくりと漬け込んで抽出した梅エキスを寝かせ、瓶詰後に火入れを行うことで、香りを瓶内に閉じ込める。開栓と同時にふわっと広がる梅の香りは、「香る梅酒」としての存在感を放っている。

3つ目は、原材料となる南高梅の「熟し度合」。こだわりの梅酒には完熟一歩手前の梅が最適、筋本農園では収穫したその日のうちに、米焼酎と砂糖で漬込み原酒と仕込む。この“鮮度”へのこだわりが、雑味のないクリアな味わいと品質の要となっている。

4つ目は、「ろ過」の技術。色だけでなく雑味や渋みまでをも取り除く濾過工程により、超淡麗系の梅酒が完成。まるでワインのようなクリアで上質な口当たりを実現。そこに金粉を加えることで、特別な日にも似合う「プレミアム紀州浪漫」が誕生した。

また、濾過工程の違いで琥珀色の「紀州浪漫」も展開。いずれもワインボトルに詰められ、テーブルを彩る新しい梅酒のスタイルを提案している。

梅干し農家から、梅酒メーカーへ

筋本農園の歴史は1960年代にさかのぼる。現在の三代目・筋本社長が引き継いだのは、4ヘクタールの南高梅畑と、500本以上の梅の木。1998年に法人化し、自社栽培・自社製造・直販というスタイルを確立した。

当初は梅干しの競争が激化する中、「南高梅の魅力を活かすには、価格競争ではなく価値提案を」と考え、特許取得済みの製法で開発した「南高漬」を主力商品に育てた。カタログ通販やDM、電話注文の時代から、ヤフーオークション・ショッピングへの早期参入、「うまいもの王者」に選出されるなどの実績をつくり固定顧客を拡大。現在は約2万人のファンを抱えている。

その“梅干し農家”が、いまや梅酒メーカーとして第二の挑戦を始めているのだ。

世代を越える挑戦へ

2024年には、筋本社長の息子さんが新商品「紀州浪漫 叶彗(KANAE)」を開発。ラベルは彼のオリジナルデザインで、伝統と革新をつなぐ象徴的な存在となった。父が切り拓いた道を、次の世代が広げていく——そんな未来への希望もこの一杯に込められている。

筋本農園では、現在「ワイングラスで飲む紀州浪漫」と題した特設サイトを開設し、展示会や商談会への出展も加速。今後は海外への展開も視野に入れ、南高梅の文化を世界に伝えるブランドを目指している。

梅酒を超えた“文化の一杯”

筆者が初めてこの透明梅酒に出会ったのは、バンコクで梅酒バーを経営するバイヤーが南部を訪問するという話を聞き、取材を兼ねて同行したのがきっかけだった。和歌山出身でありながら、梅酒づくりの現場を見るのは初めてで、「透明なのに、こんなに香るのか」と驚いた記憶が今も残っている。

梅酒は嗜好品であるがゆえに、作り手の哲学や美意識が強く反映される。その中でも、筋本農園の紀州浪漫は、地域の自然・文化・人の想いを映し出す“文化の一杯”と言えるだろう。

和歌山の梅酒の魅力は、まだまだ奥深い。これからも、その可能性を楽しみに追いかけたいと思う。

※南高梅とは
明治時代に高田貞楠氏が果実の大きい梅を見つけ、「高田梅」として栽培したのが最初。1951年に「梅優良母樹種選定会」が発足し、5年にわたる研究の結果、高田梅が最優良品種と認定された。調査に当たったのが南部(みなべ)高校の教諭竹中氏と生徒であったため、校名と高田氏にちなんで「南高梅」と名付けられた。この「南高梅」の名称は昭和40年に農林省に名称登録される。地元では「なんこううめ」と呼ばれている。

会社名:有限会社筋本農園 代表 筋本 謙
所在地:〒645-0025 和歌山市日高郡みなべ町筋870
筋本農園:https://www.sujimoto.co.jp/
紀州浪漫:https://kishuroman.com/