茨城県・高萩市の古いカフェレストラン〜店名の出ない旅するグルメ3〜
霞ヶ浦のほとりの戦争遺構
茨城県の霞ヶ浦西岸、稲敷市(いなしきし)側のほとりにある「鹿島海軍航空隊跡」をご存知だろうか。戦争遺構という区分けになるであろう場所。土日に限り司令部庁舎やボイラー棟、格納庫などが点在する敷地へ入っての見学が可能となっている。太平洋戦争時代の1000人規模の大型基地跡であり、それが当時のままの姿でゆっくりと朽ちつつも残っており見学可能という場所は、国内を探してもあまり多くないだろう。
鹿島海軍航空隊跡は戦争遺構であるが、同時に廃墟という切り口、さらに基地本庁舎などは、昭和初期の西洋建築としての価値など多層的な面白さがあり、見学に回ると時間がいくらあっても足りない。本庁舎はクラシックな佇まい。縦長の窓と天井の高い室内、重厚な総木製の扉や床、天井を走る太い梁、腰のあたりまで張られた板張りの壁などが趣深い。こういうものを目当てに、撮影場所としてコスプレを趣味とする人も集まるのだとか。
鹿島海軍航空隊跡という廃墟の活用

そんな場所の活用ということで各部屋でいろいろなアート展示が催されている。かたや何も展示のない照明の消えた部屋はこれでもかというほどの暗闇で、まさに鼻をつままれても、という漆黒。その奥にうっすらと、板を打ち付けられ封鎖された窓枠などが見えて廃墟としての魅力も強くある。そういう環境を使ってのアート作品や写真作品などの展示もあって盛りだくさんなのだ。「戦争遺構であり廃墟でもあり昭和初期の建築物としての価値もある」というおもしろさ。廃墟や歴史的な場所に漂う侘び寂び、微かな息吹のようなものを感じる。
さらにおもしろい取り組みもある。「いばらきフィルムコミッション」という組織がある。映画、テレビ、CMなど映像作品撮影でのロケ地情報提供、撮影支援などのサービス提供を行う、茨城県営業戦略部観光物産課に本部を置く団体だ。鹿島海軍航空隊跡は直近では「ゴジラ-1.0」、「映像研には手を出すな!」、「宝島」、「スパイの妻」、「ラーゲリより愛を込めて」などの映画のロケ地になっており、それに関する展示も司令部庁舎内で行われたりしている。ちょうどわたしが行った時には、映画「ゴジラ-1.0」の中に出てきた戦闘機「震電」の操縦席の実物大撮影プロップが展示されており、大いに楽しめた。そういうものや取り組みがひいては映像作品などの聖地化で観光資源となるのだ。
残して、訪れて、考える
少し前にここで価値のある催しが開催された。「廃墟景観シンポジウム Vol.3〜戦争遺構が今、語るもの〜」というタイトルで、その遺構の見学とシンポジウムがセットになったものであった。シリーズテーマは「廃墟」。その存在を慈しみ、考え、ツーリズムなど観光に取り込めないかという話。大変おもしろかった。
ご縁あってからその後、何度か参加した。戦後長い歳月が経過し平和な国となった日本だが、このような戦跡を未来へ継承することは平和の尊さについて考えるための礎になるはず。広島、長崎の事例を見ても「残して、訪れて、考える」ことができる場所を保存することは重要であると感じるのだ。
鹿島海軍航空隊は水上機訓練の施設でもあった。訓練施設跡は霞ヶ浦の湖岸にある「鹿島海軍航空隊スリップ跡」という名前で残っている。水上機を水に浮かべるためのスロープだ。そのそば、湖岸に近い駐車場は広くて無料なのでサンドイッチなど持ってきて霞ヶ浦の景色を楽しみながらランチ、なども良いのではないか。
飛行機繋がり。茨城空港と北海道のローカルコンビニ

ランチを外でのんびりと、で思い出した。ここ霞ヶ浦の西側湖畔のちょうど対岸、湖の向こう側にもゆっくりできる場所があるのだった。「茨城空港公園」は鹿島海軍航空隊跡から車で1時間ほど。飛行機繋がりで足を伸ばすことにした。茨城空港は小さなローカル空港だが、自衛隊百里基地との共用飛行場として運用されている。その関係もあって「茨城空港公園」には2機のF4ファントム2戦闘機(F-4EJ改戦闘機・RF-4EJ偵察機)が展示してあり、ベンチに腰掛けて間近で眺めることができる。
サンドイッチと飲み物は道すがらのコンビニエンスストアで手に入れた。茨城県には北海道由来のローカルコンビニチェーンが出店している。1000店規模で道内でのみ運営されるコンビニチェーンであるが、現在は道外で茨城県内のみに100店近くあり(数店のみ例外的に埼玉にも出店されている)驚かされる。道産の材料を使ったPB商品も多くちょっとした旅行気分になれるのだ。茨城は特別に用事があるわけではないが「このコンビニに立ち寄りたくて」と理由をつけて割と頻繁に足を運ぶようになった。北海道に思い入れがある人間にとってこのコンビニチェーンはちょっと特別な店なのだ。
災害の爪跡を思う国道6号線

空港で飛行機を見たり写真を撮ったりしているうちに日が傾いてきた。もうすこし太平洋岸を地図の上の方へ日が落ちるまで走ってみようと考えた。涸沼(ひぬま)をかすめて国道51号線から245号線、海の上を走る日立バイパス、国道6号線へ。原子力の村、東海村を過ぎて少しすると道は海沿いとなる。
北茨城を過ぎ、福島、塩屋崎あたりまで行くと胸が苦しくなってくる。大災害の爪跡からくる空気が未だ道を走っているだけでも感じられるからだ。今日はそのずいぶん手前で車を止めた。とっぷり暮れてたどり着いたのは高萩市。昼のサンドイッチはとっくに腹の中から消えていた。さて腹が減った。どうするか。
高萩あたり、なにが名物か。けんちんうどんなんてのがあるらしい。それに鯉料理かあんこうか。どちらもひとりではなかなか難しそうだ。国道はかなり暗く、店の明かりも多くない。どうしたものか。
考え考え車を走らせていると、都市間移動のバイパスの車の流れがスローダウンしてくる。町に入りつつあるサインだ。高萩駅のまだまだ手前というあたり。路肩に駐車場を広く取った、少し暗めの明かりの店が見える。古いロードサイドのカフェレストランという風情。看板からすると洋食であろうか、ご当地料理ではないかもしれぬがそれもよかろう。食事にしよう。
高萩の地元に根を張る洋食店
時代を感じさせる雰囲気のある建物だ。むかしのドライブイン風ともいえそうな造作。国道6号線沿いという立地がそう思わせるのか。店に入ってみると、遅い時間にも関わらず、盛況。座席の7割が埋まっている。どうやら期せずして地元の人気店にたどり着いたらしい。メニューを見ると創立50周年の文字。たいしたものである。ハンバーグ専門店という体のメニュー構成であった。大歓迎だ。いろいろ迷ったがここのシグネチャーメニューを名乗る「チーズガーリックハンバーグ」を注文。これがうますぎた。
店内には、ほの暗い照明と長く続く店独特の腰が落ち着く空気が満ちている。とても快適だ。わたしのすぐ前に入った3人組がおり、ほかにもテーブルの上にまだ皿が来ていない席もあって「少し待つかな?」と思ったが落ち着いた空気感から気にもならない。手元で小さく仕事のメモなどをしながらゆっくりと待った。
チーズガーリックハンバーグのしあわせ
果たして出てきたハンバーグ、期待を越えるものであった
まずハンバーグの肉の下味の巧みさ、肉の旨みと甘味、そこに少しの酸味と香ばしさ。そういうものが渾然一体。声が出そうになる。うまい。上にかかったデミグラスソースはオリジナリティを感じる甘く深く、クセになるたまらないもの。ワインなどを入れているのだろうか。ちょっと複雑、つまらない平坦な味になっていない。胸の内でスタンディングオベーションである。
ガーリックはフレッシュなものを焦げぬよう丁寧にローストしたものが乗せてある。しっかりと香り痺れが強い。これまたいい。大変な幸せ。ニンニクかくあるべし、である。蒸気機関車の機関助士が火室に石炭を絶え間なくくべるが如く、右手のスプーンが勝手にごはんをどんどん口に放り込んでくる。
ごはんに少し塩など振ってみるのだ。これがどうにも好きなのである。洋食のごはん、なぜ塩や胡椒をかけると嬉しさ倍増か。なんだかそういうのがある。
いろいろと夢中になって食べ切った。なるほど、地元の良い店。納得がいく。舌の根っこに深く記憶が残るいいものだった。
客と店の両輪で育てた穏やかな空気
ふと気がついたが、家族連れ、カップル、地元のあんちゃんたち、いろいろな客が食事をしているが、みんな「いいこ」なのだ。穏やかで楽しげで、そして度を過ぎた大声やはしゃぎすぎの客がいない。ずっと穏やかなままなのだ。なんと気分のいいことか。いい店だ。客と店がきちんと分担していい空気を作っている。それが長く続いているのがわかる。50年の歴史、伊達ではない。
さて、もう少し先に進みたいが、そろそろ帰らねばいけない。大洗のフェリー埠頭に立ち寄って車両の積み込みを眺めてから帰ろう。どうも気持ちが旅に向いてしまっているようだ。
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鹿島海軍航空隊跡
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いばナビ・茨城空港公園
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