2025.11.28

千葉県・山武市のロードサイドのドライブイン〜店名の出ない旅するグルメ2〜

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今年、2025年は昭和100年だそうだ。昭和100年というキーワードをよく聞く年だった。昭和の時代の感覚がいまだ体の中に残る昭和生まれの人間としては、100年という節目で本当に自分の中にあるものを含めた昭和が終わるのかもしれない、など感慨深い想いが込み上げる。

しかし、そこは昭和、簡単には終わらないのだ。まだまだ地方のロードサイドには生きた昭和が残っており、それはまだ残滓などにはなっておらず、最後の輝きを放っている。

千葉と山梨、土地独特の印象と味わい

最近どうも千葉県がしっくりくる。以前、15年ほど東京の西荻窪に住んでいた頃があった。出かけるといえば山梨方面。都内23区の外れ、武蔵野の入り口である場所に部屋があったから、甲州街道を走り出せばそうかからずに高尾や相模湖など気楽に山の方へ足を延ばすことができた。山梨や長野のあの感じ。ちょっと走るとちゃんとした峠らしい峠があって山らしい山があって、人がいなくて。あの感じは気に入っている。

そんなわたしなのだが、どうも最近千葉を手探りするのが楽しくなってきた。引っ越しをしてちょうど西荻窪と逆側の23区の外れに近い、生まれ育った深川、城東地区に戻ってからは千葉方面がご近所感覚。そちら方面によく出かけるようになった。

千葉と山梨、比べるとちょっとおもしろい。街の作り、空気感、里山に入った時の雰囲気や林道の舗装の具合など比較すると結構違っており、それぞれ特徴が見えて面白いのだ。わたしはクルマに乗って路上にいることが多いから、そういう視点からものを見る。

千葉はちょっと、荒れている。細い街道沿いのアスファルトとコンクリートの間から大量に生い茂る雑草や、整備が行き届かない路面。予算もあれば人員もある。枠があるから進まないところも多かろう。行政の懐具合や住んでいるものの気質、そういうものがにじむようにその街の風景のディテールに乗ってきて、その土地独特の印象と味わいを作っていく。

千葉・大網白里のクレープカフェ

大網白里の夏の海岸線の画像

その日は大網白里にある友人のクレープカフェで少々長居してしまった。ここが実に快適な店。最近では千葉県界隈、かなり洒落たカフェやレストランが増えているのだ。しかも都内と違って敷地を広く取ってあるのでのびのびできる店が多い。千葉県民のおおらかな気質と相まって、ちょっとした穴場が増殖中だ。

ここは友人がやっているということももちろんだが、暖炉とソファ、天井の高い快適なホールに芝生の緑が目に鮮やかな美しい庭など、その居心地の良さは格別で時間が経つのを忘れてしまう。しかもこの時期、モンブランクレープが季節メニューとして登場しており行かずにおれない。それでいつでも渋々腰をあげるのが夕方近くになってしまうのだ。

白子町の玉ねぎと千葉の農産物

白子町の海岸と名産の玉ねぎの画像

さて、店を出て少し走ると白子町(しらこまち)。玉ねぎ好きを自認する人であればご存知の白子玉ねぎの産地。最盛期の5月なら界隈を少し歩けば路上販売に当たるというような様相で、そこここの畑の脇で白子玉ねぎが大きな網の袋に入って5キロ、10キロ単位で販売されている。値段の求めやすさもさることながら、品質が高くとにかく甘くみずみずしい。生食でも水にさらす必要がなく、とげとげとした刺激がまったくなく素晴らしい。残念ながら今は季節ではないので来年を待つこととなるのだが。

界隈には、他にもスイカ、ながいきねぎ、長生トマト、そして忘れちゃいけない落花生など農産物の特産品が多い。もちろん海に面した町であるからアジ、イワシ、はまぐりと海産物もいうことがない。東京の隣にあってあまりに身近すぎて話に上がらないが、千葉は農畜水産の一大王国であること、忘れてはいけない。

とはいえ夕方になり、農家の直売店や道の駅もぼちぼち店じまいの時間。名産品を求めるにはいささか遅い時間となってしまっていた。

ロードサイドの古いドライブイン

千葉県山武市あたりの国道126号線の夕暮れの画像

昼のクレープだけではからだが保たぬと腹の虫が鳴きはじめた。腹がへってきた。どうしたもんかと考えて、思い出す店があった。ロードサイドの定食屋。薄れかけた看板にはたしかドライブインという表記があったはず。ドライブインとはまた古風な物言いだ。記憶では山武市(さんむし)あたりだった。白子町からさほどはかからない。昭和100年のドライブインディナー。それもよかろう、メシにしよう。

126号線、片側1車線の3桁国道にその店はある。ロードサイドの古い建物には、薄れてほとんど読めないのだが、大きく「ドライブイン」と書いてある。よし、ここだ。

平家の建物の前にあるやけに広い駐車場にクルマを入れた。この広さはまだまだこの店が若かった時代、モータリゼーションなどの言葉が流行りの時代に、大型トラックを呼び込むための策であったのではなかろうか。そんな昭和の時代の残り香を感じさせる。

薄暮れの時間帯、店の窓にはあかりが灯り、親父さんが厨房で手を動かしているのがうっすら見える。さて、メシの時間だ。

短冊のメニューと地元の若い衆

小さく「こんばんは」と声をかけて端の方のテーブル席に腰掛ける。この日は常連さんらしき若い衆が早い時間からちょっとした飲み会をやっているという風情。こんな時間から楽しそうで結構、結構。わたしは通りすがり、余所者は目立たずにそっとメシを食わせてもらうのだ。

メニューの短冊が厨房前の壁一面に配されており、満艦飾。まるで漁船の大漁旗のようだ。端から見ていくのが楽しくてなかなか選びきれない。その選びきれなさこそ定食屋の醍醐味だ。千葉だから魚にするか。ヅケ定食を食べよう。おかあさんが注文を聞いてくれる。カツオは売り切れだそうだ。では、「マグロにんにく醤油漬け定食」をお願いします。

昔は土間であったであろう、コンクリート打ちっ放しの床。家の居間のような畳敷きの小上がり。地域の集まりなどの賑わいも感じられるこの作り。こういう風情がとても心地よい。

醤油の町のマグロにんにく醤油漬け

さて、うれしさが込み上げる「マグロにんにく醤油漬け定食」、登場。アルミの四角い給食盆に乗ってやってくるという堪らぬうれしさ。質実剛健というか、素朴そのもの。シンプルな内容で「うん、これでいい」と思わず独りごちてしまう正しき定食クラシックス。

ごはんが丼にたくさんやってきて、漬物も味付けのりも、その大盛りごはんを食べさせるために機能するのであろうとすぐに気がつく。しかもマグロのにんにく醤油漬けは問答無用の強い味のはず。バランスを考えるとこの大盛りのごはんでもまだ足りぬやもしれない。味付けのりも大変にうれしい。思わぬところで再会する味付け海苔というのはなんともいいものだと思っている。これは千葉の海方面のロードサイドの荒っぽいドライブインそのものだ。

小ぶりな鉢に醤油がたっぷりと注がれその中にマグロの切り身がぷかぷかと浮いている。いや、浮いているかと思ったらそうではなかった。醤油の中に折り重なるように底の底までみっちりぎっしりと切り身が詰まっている。この量はちょっとしたものだ。醤油の上から頭を出すマグロの島の上にどかっと乗せられた大量のおろしニンニク。心の中には期待以外の何物もない。

昭和に思いを馳せる強く荒っぽい味

ほかほかと湯気をあげるたっぷりの白メシにマグロの切り身をどすんと乗っける。その行為、そのしあわせに卒倒しそうだ。食べる前からごはん不足の心配をしてしまう。マグロの上にどかっと乗せられたおろしニンニクが一層不安を煽る。

食べ始めれば濃い醤油の味とピリピリと舌に刺激が来る大量のおろしニンニクによって盛りの良いどんぶりメシがみるみるうちに減っていく。これはたまらない。マグロの味はどこに?という輩もいるだろう。これはこれで良いのだ。こういうのが食べたいのだ。これでいい。乱暴な食いものではあるが、心の中にまっすぐ投げ込まれる直球であり、こういうものには抵抗ができない。

そういえば千葉は醤油王国でもある。野田に銚子、大小の醸造工場が県内に点在していることを思い出す。そんなことを思いながらたちまちお腹はふくらんで、ほっと一息。お茶のおかわりが大変うれしい。

昭和へのタイムスリップから帰れない心持ち

なんというのか、この定食。定食自体というよりも、この店の空気やそれを作っている常連さんたちと、おとうさんおかあさんの気遣いや雰囲気。そういうものを一切合切まとめて喰らって、だからお腹が満たされたのだろう。いや、ひとつ間違っている。お腹が、ではなくてお腹も気持ちも、であった。そういう空気があった。殺伐とした東京での暮らしが現実と思えなくなる気分だった。

昭和の店から2025年の世界に戻るのが億劫になる。さてどうしたものか。

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もっと知りたいあなたへ

NPO法人山武市観光協会
https://sammukanko.jp/
大網白里市観光協会
https://oamishirasato-kanko.net/
白子町観光協会
https://shirako.net/

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