タオルのまち今治の水と風土から未来へ 〜村上パイルの挑戦〜

今治市といえば、瀬戸内の自然とともに生きる今治のタオルづくりがあまりにも有名。2025年3月の山林火災にも見舞われたこの地で、環境に寄り添う製品を作り続けてきた1960年創業の今治タオルの老舗メーカー「村上パイル株式会社」。どこよりも早く「エコタオル」の開発を手がけ、早くも30年。今では、海外からの注文も増えているという。
代表取締役社長・村上政嘉氏に、今治タオルをとりまくマーケットの現状と今後の進展についてうかがった。
今治の豊かな自然と、タオル産業のいま
愛媛県今治市――。瀬戸内海に面したこの町は、温暖な気候と澄んだやわらかい水に恵まれた風光明媚な土地だ。その豊かな自然によって育まれてきたのが、今治タオル。130年以上の歴史を持つこの産地では、独自の分業体制と厳格な品質管理のもと、日本を代表するタオルブランドがつくられている。
まだ記憶に新しい、今治を襲った山林火災の規模は、焼けた面積が隣接する西条市も含めておよそ442ヘクタール(東京ドーム約94個分!)という、想像を超えるスケールで、国内でも最大規模の山林火災となった。幸いにして村上パイルの工場自体には直接的な被害はなかったものの、一部被災した染色や縫製を担う協力工場もあったという。
停電や物流の遅れなど、地域全体が緊張感に包まれる中で、改めて「分業で支え合う産地」という今治の在り方が浮き彫りになった。
「自分たちが無事だったからこそ、ほかの工場をどうサポートできるかを考える。新たな課題が生まれた」と語るのは、村上パイル 村上政嘉氏。
インバウンドと輸出に見出す可能性

「実は、山林災害以前に、今治のタオル産業は、現在大きな転換期を迎えている」と話す。東京にいると当たり前のように目にする、国産タオルのスーパーブランド。人気は国内外に及ぶのだろうと容易に想像していたが、コロナ禍以降、冠婚葬祭やギフトなど、かつて主流だった需要が大幅減少傾向にある。加えて、物価の上昇が続く中で、家庭の消費が生活必需品に集中し、品質より価格が重視されがちに——。
追い打ちをかけるように、原価の低い海外製タオルが市場流通の85%を占め、国産タオルの立場はかつてないほど厳しくなっている。
そんな中、光明となっているのが「インバウンド需要」と「輸出」だ。海外から訪れる観光客は、品質とストーリーに価値を感じて購入してくれる。「Made in Japan」「今治産」というブランド力は、国を越えて通用する信頼の証でもある。
村上パイルは、そんな流れにいち早く対応してきた。今治タオル組合運営の今治タオル公式ショップでは、独自のデザインと糸使いが高く評価され、売上上位の常連ブランドとなっているが、見た目だけでなく、肌触り、安全性にもこだわっている。洗濯しても変わらない柔らかさ、その奥にある素材に向き合う誠実さを、手に取った人は感じ、リピート購入につながっているという。
人気のエコタオル、誕生の舞台裏
そのこだわりの象徴ともいえるのが、エコタオルシリーズの存在だ。30年ほど前、神奈川県の理容組合から「敏感肌でも安心して使えるタオルが欲しい」と相談を受けたことがきっかけだった。
化学薬品を使わず、天然素材と無添加石けんで仕上げる。試行錯誤の末に誕生したこのシリーズは、肌へのやさしさと吸水性を兼ね備え、長年支持されるロングセラーとなった。石けんには、自然派で知られる企業の無添加製品を使用。素材選びから乾燥、梱包に至るまで徹底して「やさしさ」を追求する姿勢は、今日のSDGs文脈にも自然とフィットする。
和紙タオルで広がる未来の可能性

そしてもうひとつ、村上パイルが新たに切り開いたのが、和紙を使ったタオル「SOLID(ソリッド)」シリーズだ。
「和紙でタオルを?」なんとも奇想天外な発想。薄い和紙を2mmのスリット状に裁断し、綿と合わせて撚りをかけつくったコシのある和紙糸が、新たなタオルの可能性を広げた。
この日本独自の素材は、綿だけのものよりも軽く、シャリっとした清涼感がありながら、驚くほどの吸水性を備えている。それでいて湿気を含みにくく、乾きも早いため、日常使いはもちろん、旅先やアウトドア、スポーツ後のリフレッシュタオルとしても非常に機能的だ。
ごく薄く裁断された和紙が、繊細な糸になり、やがて色彩豊かなタオルへと姿を変える。村上パイルらしい高いデザイン性や色使いとあいまって、海外のバイヤーからの評判も高い。
このSOLIDシリーズは、まさに「育てるタオル」だ。最初のキリッとした手触りは使い込むごとに柔らかさを帯び、まるで持ち主に寄り添うように変化していく。その経年変化は、単なる消耗品ではない「暮らしの道具」としての存在感をきわ立たせる。
さらに和紙自体が持つ抗菌性や防臭性、そして土に還るエコ素材としての特性も、現代的な価値観にフィットする。化学繊維を避けたい人、サステナブルな暮らしを意識する人や、デリケートな肌を労るやさしいタオルとして理想的な選択肢となるだろう。
村上パイルの次なる挑戦

こうした唯一無二の商品群を生み出せる背景には、60年以上にわたってOEMで培ってきた技術力と、ものづくりへの誠実な姿勢がある。国内外の名だたるブランドからの信頼を得てきた村上パイルだが、今後の方針として掲げているのが「自社ブランド強化」と「輸出の本格化」だ。
「OEMで培った技術を、自社ブランドとして、自分たちの言葉で届けたいという想いが強くなっています。日常の中に自然と溶け込むものだからこそ、企業としての哲学も一緒に届け、お客様(消費者)の声を直に聞き、距離を縮めたい」そう語る村上社長の言葉からは、「つくる側」の顔が見える商品でありたいという願いがうかがえる。
SNSやECといったチャネルへの取り組みも加速している。製品単体だけでなく、「使うシーン」や「作り手の想い」といった文脈ごと伝えることで、タオルというシンプルなアイテムが「共感を呼ぶプロダクト」へと変わっていく。そのプロセスを丁寧に積み上げていくことが、今後のブランド価値構築の鍵となる。
一方で、海外市場への視線も明確だ。現在、輸出は全体売上のわずか1%だが、ドイツをはじめとした欧州での展示会出展を皮切りに、今後は北米やアジア市場へと販路拡大を図る構想がある。また、やさしさを追求した無添加の「エコタオルシリーズ」や「和紙タオル」のような、機能性+ストーリー性を備えた製品は、「真の日本品質」を求める海外バイヤーから強い関心が寄せられている。
「ありがたいことに『今治=信頼の証』という評価は、既に海外でも知られつつあります。不思議ですが、わざわざ弊社の製造工場を視察したいという海外からの問い合わせがあり、ご紹介する機会が重なっています」
今治ブランドの上にあぐらをかくのではなく、その中でどう個性をきわ立たせるか。パンデミック後の市場の伸び悩みや災害の影響をよそに、村上パイルは今、新たなタオルのあり方と、企業としての次章を静かに、しかし力強く描き始めている。
ーー
もっと知りたいあなたへ
村上パイル株式会社 https://m-pile.jp/